rather than が比べるもの
■rather than が比べるもの
Q
Shinさん
次の一節はアメリカ人の視点から日本人の思考・論理パターンについて述べたエッセーの一部です。
It is said that the Japanese prefer to use the logic patterns that emphasize talking “around” the subject rather than on it. The Japanese start at the edges with a wealth of background information and explanations and then gradually “circle in” on the thesis and main points.
第1文の “rather than” の解釈をめぐってお尋ねいたします。
この “rather than” は
(解釈1)
talking “around” the subject と (talking) on it(=the subject) を比較した上で、「前者の方をより後者よりも重視する論理パターン…」というふうに ”emphasize ~ rather than…” の構造になっている。
(解釈2)
“prefer to do 動詞句(A)…rather than 動詞句(B)” で「BするよりもAすることをより好む」という構造の “rather than” であり、上の文では ”on it” の前に本来あるべき部分(“to use the logic patterns that emphasize talking” )が省略されたものである。
私は以下の2点から(解釈1)をとりたいのですが、(解釈2)が正しいと主張する人が私の回りには少なからずいます。
(1)
手元の電子辞書で ”emphasize” & “rather” & “than” で例文検索をかけると以下の例文を含めて4件ヒットしました。
・ a system that emphasized practical rather than pure research
(_Oxford Thesaurus of English _, 2nd ed. 2004より)
このように ”emphasize ~ rather than…” というつながりが自然な感じがします。
(2)
さらには(解釈2)では、あまりにも省略されているとされる部分が長すぎて不自然に感じます。
どのように考えるべきでしょうか、ご教示ください。
A
Emanonさん
Shin さん,
> (解釈1)
> talking “around” the subject と (talking) on it(=the subject)
> を比較した上で、「前者の方をより後者よりも重視する論理パター
> ン…」というふうに ”emphasize ~ rather than…” の構造になっ
> ている。
言い換えると,the Japanese 以下のエッセンスは,
1) the Japanese prefer to use “A”.
(ただし,
“A” = the logic patterns that emphasize talking “around” the subject rather than on it)
ということだと思います。同様に,
> (解釈2)
> “prefer to do 動詞句(A)…rather than 動詞句(B)” で「Bするよ
> りもAすることをより好む」という構造の “rather than” であ
> り、上の文では ”on it” の前に本来あるべき部分(“to use the
> logic patterns that emphasize talking” )が省略されたもので
> ある。
は,
2) the Japanese prefer to use “B” rather than (to use) “C”.
(ただし,
”B” = the logic patterns that emphasize talking … around …
”C” = the logic patterns that emphasize talking … on …)
ということですね。
こうしてみると,両者の違いは,1) の英文が “Do the Japanese prefer to use …?” という yes-no 疑問文に対応しているのに対し,2) は “Which do the Japanese prefer to use, “A” or “B”?” という which 疑問文に対応していることだとわかります。
つまり,1) は prefer が rather than をともなわないことから,「選択」の意味が薄れ,単に好みや傾向を表現するにとどまっているのに対し,2) は「選択」の意味がはっきりしているということです。
おそらく,これらの違いと他の文脈とのかねあいでもって,どちらの解釈が適切かという判断をすることになるのだろうと思います。(問題の英文だけを見て判断せよということだと,どちらの解釈も間違っていないと思います。)
個人的には「日本人が2つの選択肢を与えられて,その内1つを選択している」というより,「日本人には特定のやり方をする傾向がある」という観察のほうが実態と合っているような気がします。全体を読んでいないので,単なる想像に過ぎませんが。
それから,
> (解釈2)では、あまりにも省略されているとされる部分が長すぎて不
> 自然に感じます。
は確かにその通りだと思います。これをもって(解釈2)を誤りとは言えないでしょうが,prefer と rather than はちょっと離れすぎていて,emphasize + rather than のつながりのほうが自然な感じがします。
RE
Shinさん
Emanonさま、ご回答をありがとうございます。
「これらの違いと文脈とのかねあいでもって,どちらの解釈が適切かという判断をすることになるのだろうと思います」とお書きになっていらっしゃいます。
著作権の問題がこのサイトではどのようにお考えかについてよく存じ上げませんが、文脈のご理解をいただくために以下にこのエッセーの全文を挙げておきます。(2001年自治医大、一次試験/医学部問題の一つと聞いています。)該当の箇所は第6パラグラフにあります。参考にしてください。
Differences in cultural values, logic, and thought patterns are often reflected in the very different ways Americans and Japanese organize and present information, ideas, and opinions. These differences lie at the root of many communication problems and exert a powerful influence on the process of persuasion, negotiation and conflict resolution.
The rules of logic established by the Greeks and Romans are widely accepted in Western cultures, but this Western logic is by no means universal. Logic is a product of culture, and many Asian cultures such as the Japanese operate under different logical assumptions.
When Americans get confused and frustrated listening to Japanese, they often complain that the Japanese “just aren’t logical” and seem incapable or unwilling to use traditional Western logic. This impression is largely due to cultural differences in reasoning and thought patterns.
From an early age, Americans are taught to be orderly in outlining their facts and in summarizing their main points according to a framework that reflects Western logical structures. The logical way of presenting ideas in the West could be called linear or “straight-line” logic, which emphasizes direct and explicit communication. The most important aspects of straight-line logic are organizing your presentation in outline form and “getting straight to the point.” In general, more low-context mainstream American patterns of thought and presentation are analogous to lines because all parts of the message must be explicitly connected clearly and directly.
But the Japanese do not learn to order their facts or present information and ideas in the same way. They consider the practice of ordering facts for others comparable to tying a child’s shoelaces for him after the child has already learned the skill. American linear, one-step-at-a-time arguments and logic can seem immature to the Japanese, and Western logic is often perceived as intrusive ― an attempt to get inside the heads of other people and try to do their thinking for them.
But if Americans think in a linear way, then how do Japanese think? A natural response would be that since the circle is the opposite of a line, then the Japanese probably think in circles. It is said that the more high-context Japanese prefer to use the logic patterns that emphasize talking “around” the subject rather than on it. The Japanese start at the edges with a wealth of background information and explanations and then gradually “circle in” on the thesis and main points.
However, in some respects, Japanese patterns of thought and presentation are not like lines at all, but like a series of “dots.” Parts of the message are contained in the individual dots, and it is up to the audience to link the dots in their heads. In low-context cultures the meaning of communication is stated to the audience directly and all the steps and links are clearly put forth by the speaker verbally. But in high-context cultures the meaning of communication is elicited by the audience indirectly and intuitively ― all the steps and links do not have to be clearly put forth verbally.
RE
Emanonさん
No.2387 を読ませていただきました。
著者は,日本人の考え方は日本の文化の産物,ととらえています。英米人の考え方についても同様です。その「文化の産物」とは,「選択」可能なものとして考えられているのでしょうか。
文化の産物が,例えば「日本茶」と「コーヒー」といったレベルのものだとすると,現代の日本では,日本茶にするのかコーヒーにするのか,という選択はもちろん可能です。それはどちらも現実に存在し,実際に選ぶことできるからです。
では,母国語についてはどうでしょう。これは文化の産物というより文化そのものであり,思考様式とも密接に関わるものですが,この場合は明らかに違います。日本人は,生まれたときから日本語環境の中で育ち,誰もが自然に日本語を身に付けます。アメリカ人も同じように英語を身に付ける。そしてそれが代々受け継がれていく。この場合,「選択」は考えられません。
思考方式は,「飲み物」的か「母国語」的かというと,これは明らかに後者の方でしょう。
アメリカ人がアメリカ的(西洋的)な思考様式を当然のこととして受け継いできた(From an early age, Americans are taught to …)ように,日本人も独特の思考様式をはぐくんできた。そういう意味での「文化の産物」と著者は認識している。このような流れにおいて,「二者択一」は考えにくい。
よって,私の読み・意見としては,「選択」の意味が薄れた(解釈1:emphasize + rather than)を,文脈からしてふさわしいという意味で,正解として推したいと思います。
RE
Shinさん
Emanonさま、
詳しく説明をいただきよくわかりました。ありがとうございました。
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